東海科学機器協会の会報

No.380 2021 秋号

曜日に因んだテーマでおくる 1週間のサイエンスリレー 木

木材由来の新素材・セルロースナノファイバー

日本製紙株式会社 CNF研究所 野々村 文就

・はじめに
 セルロースは地球上に最も多量に存在する天然高分子で、植物細胞壁の構成物質です。資源量は全世界で1兆8千億トン(石油1千500億トン)と推定され、日本国内でも推定毎年約1千500万トンずつ増加している再生可能な持続型資源です。植物の細胞壁はセルロース約50%、ヘミセルロース20~30%、リグニン20~30%で構成されており,ここからリグニンを除去したものが,紙の原料等に広く用いられているパルプです。
 セルロースはパルプや細胞壁中では結晶性セルロースナノファイバー(CNF)の集合体として存在しており、このパルプを機械的あるいは化学的にナノサイズまで解繊したものがCNFです。

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 このCNFは、軽量、高強度、高比表面積、低線熱膨張、高透明といったそれ自身の物理的性質に加えて、水分散液として使用した際の特異な粘度特性を持っています。さらに再生可能な植物由来の物質であることから、次世代の高機能材料として近年非常に注目を集めており、現在、全世界で基礎研究や用途開発が活発に行われています。
・CNF製造方法
 木材パルプなど植物系繊維材料からのCNFの製造については種々の方法が開発されています。化学的にナノ化を促進するする方法として、
東京大学磯貝教授らはTEMPO (2,2,6,6-tetra methyl-1-pyperidinyloxyradical)を触媒に用い、水系でセルロースの構成単位であるグルコースの6位水酸基を位置選択的にカルボキシ化すると、セルロース相互間の反発性が高まりナノファイバー化することを明らかにしています。それと類似の方法として、リン酸化、カルボキシメチル化等があります。また、機械的にナノ化する方法として、数%濃度のパルプスラリーを、高圧ホモジナイザー、グラインダー、凍結乾燥粉砕、超音波解繊等によって解繊する方法があります。このような水系での解繊により製造したCNFは、塗料や粘度調整剤等の水系用途で様々な分野で利用されています。
 一方、樹脂用途(CNF強化樹脂)には、京都大学矢野教授らが開発したパルプを化学修飾し、樹脂と一緒に混練しながら、パルプのナノ解繊と分散を行う京都プロセス(Kyoto Process?)という方法があります。この方法は水系で分散したCNFを使わないので低コスト化が期待できます。
・日本製紙のCNF事業
当社は、2017年にTEMPO酸化CNF(石巻工場)とCM化CNF(江津工場)の量産設備、及びCNF強化樹脂の実証設備(富士工場)を設置しました。現在、様々な企業がCNFの製造・開発を行っていますが、当社の特徴は、タイプの異なる3種のCNFを扱うラインアップの多彩さです。

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・特長・用途
【特殊な粘度特性(擬塑性・チキソ性)】
 CNFの粘度特性は特徴的です。それは、その形状が超細長(高アスペクト比)であることに起因します。高分子成分が溶解して高粘度状態となる既存のレオロジーコントロール剤と異なり、CNFはそれが持つ繊維形状により、分散液中でネットワーク構造を形成し、低ずり速度領域では高粘度を示します。しかしながら、高ずり速度下では、ネットワーク構造が破壊され、攪拌方向に繊維が並び、一転して低粘度状態となります。

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 現在、この擬塑性を生かし、各種コーティング剤などへの採用及び利用検討が進められています。また、高粘度状態でスプレー噴霧が可能で、噴霧後は液ダレが抑制される性質も示します。
【分散安定性】
 CNFは高アスペクト比の特徴等により、均一な3次元網目構造を分散液中で構成します。そのため、微細な油滴や懸濁粉体の分散状態を長時間安定・維持させることができます。現在、食品、化粧品などへの添加や各種エマルジョン薬品への使用・検討が進んでいます。

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 CNFは静置状態では高粘度でありながら、曳糸性は示さず、べとつかないという特徴があります。これは、CNFが水溶液中に高分子物質が溶解することで粘度を発現する通常の増粘剤とは異なり、高アスペクト比による3次元網目構造により粘度を発現しているためです。この特徴により現在、化粧品への利用が進んでおり、作業性や操業性に優れる工業薬品への使用も期待されています。
  

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【高性能フィラー特性】
 CNFは各種ゴムや樹脂用の補強用フィラーとしても高い可能性があります。それは、①軽量・低比重 ②高弾性率 ③高アスペクト比 ④表面平滑性 ⑤リサイクル性 などの特徴が、既存の補強用フィラーに対して優れているためです。

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 現在は実用化に向けた検証中の段階ですが、基材中への均一な分散手法の確立や凝集物発生の抑制がポイントで、また、将来的な使用拡大には、コストを抑えた製造方法の確立がキーです。

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【CNF強化樹脂(実証中)】
 最後に、実証生産中のCNF強化樹脂についてご説明します。現在、ナイロンやポリプロピレン等の汎用樹脂をベースとしたCNF強化樹脂の実用化に向けて、各種検討を実施しています。
 自動車部材への実用化検討に関しては、環境省のNCV(ナノセルロースビークル)プロジェクトにサンプルを提供し、2019年のモーターショーで発表されたコンセプトカーの各種部品に使用されました。自動車の内外装の樹脂部品をCNF強化樹脂に置き換えることで、車体の軽量化による燃費の向上が期待でき、また、軽量化に加え材料のリサイクル性を有するため、家電や建材用の樹脂への利用も期待されています。現在各メーカーと共同で強化樹脂の製造設備の開発、製造処方の確立、各種物性向上等に取り組んでいます。
・おわりに
 当社は「木とともに未来を拓く」のスローガンのもと、CNFを中心とした木質バイオマス由来の各種新素材を事業化する取り組みを進めています。究極のバイオマス素材であるCNFの実用化及び市場拡大は、木材・セルロースを扱う我々製紙メーカーの責務であります。引き続き、関係の皆様方のご協力とご支援をお願いします。