東海科学機器協会の会報

No.301 2004 夏号

[ サイエンスコーナー ]  №1 バイオ関連技術と私たちの生活 -遺伝子、DNAの解析技術-

(株)カーク 営業企画部 細谷弘美


バイオテクノロジーの成果は私たちの生活全般に利用されるようになってきました。それに貢献した機器はDNA塩基配列決定器とDNA増幅器といって過言ではないでしょう。この冬に猛威を奮った鳥インフルエンザですが、ウイルスの型が素早く判定され、感染の範囲などの情報が早く公開されたのは、まさにこれら技術を用いた検査結果とそれによってこれまでに蓄積されたデータと知見によるものです。
 DNA塩基配列決定技術と、DNA増幅技術はともにDNAを扱う技術ですが、この技術が進展したのはDNAのもつ情報を解読し、自由に設計できるようになることが生物を知ること、利用することに必須のことだったからです。生物の体は実に巨大な化学反応プラントで、化学反応の担い手はタンパク質。そのタンパク質の設計図がDNAです。設計図が読み解ければ人為的にタンパク質を作ること、設計図を手直しすることで新たな化学反応を生体中に生じさせることなどが可能となるからです。この要求はDNA解析技術の進歩を強力に後押ししました。
 DNA塩基配列決定技術は他の多くの技術と同様、機器と試薬の開発にて進展してきました。当初、それは放射線同位元素と煩雑な化学反応で材料のDNAを下準備して、手作りの板状ゲルで電気泳動を行い、X線フィルムに焼き付けられたシグナル(図1)の検出を研究者の「目」でまさに読み取ることで行われ、 300塩基の解読に2日がかりというものでした。それが試薬の面ではDNAの下準備は高感度で安全な蛍光試薬を用いた簡単・簡便な酵素反応に変わり、機器については電気泳動はポリマー自動充填、サンプル自動添加のキャピラリー電気泳動、シグナルは電気泳動装置に組み込まれた高感xの検出器に捕らえられ、検出器の電気信号はそのままコンピューターに送られしかるべきソフトウエアで解析される。500塩基の解析は1時間そこそこ。同時処理できる検体数も飛躍的に多くなりました。この技術の進歩は1990年に世界規模で始まったヒトの遺伝子配列決定プロジェクトの早期完了をもたらしました。当初2005年終了の計画が2000年にはドラフト、2003年には99%精度での終了が発表されることとなったのです。
一方DNAを部分的に増幅する技術が1986年に報告され、塩基配列決定技術を大きく助けることとなりました。解析の材料となるDNAを短時間で簡単に多量に手に入れることが出来るようになったからです。例えばヒトの総DNA長6億塩基対(片親かは30億塩基対)の配列から塩基配列決定のサンプルとして利用できるDNAの長さ1000塩基対を調製するステップは多段階に手間のかかる煩雑なものでしたから。この技術は基礎的な生物学研究の効率化はもとより、量的に限られた試料しか得られない臨床診断、犯罪捜査、考古学、品質管理、環境管理での分野で個体識別のDNAを利用することを可能にしました。
 技術の進歩は高精度なデータを提供します。生物に関する知見の蓄積は生物由来の試薬を提供し、工業技術、化学試薬の新規開発とあいまって、知見はさらに蓄積され、ついに私達の生活を助ける技術となってきたのです。上記DNAの配列解析の技術により、個体のもつDNAの配列のマイナーチェンジとさまざまの疾患や体質との関連データが統計的に意味のある量が蓄積されつつあります。それぞれの人が自分の体質を知って質の高い生活をおくるためにとるべき生活習慣を知ったり、自分の体にあった薬を選べる時代が近くにきています。

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図1.1984年に行った塩基配列決定用電気泳動のX線フィルムでの検出。サンプルを時間差をつけてアプライし、長い配列を読めるようにしている。〇印のシグナルが同位置を示す。