東海科学機器協会の会報

No.330 2010 春号

〔会員だより〕ヒッチコック おもしろさの秘密


朝日テクニグラス㈱ 片岡 哲


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 私は映画が好きです。家にケーブルテレビを引いているお陰もあって、古今東西の洋画、邦画を多く観る機会があります。
 最近、アルフレッド・ヒッチコック監督の特集があり、そのいくつかの作品をまとめて観ることができました。今日はその私なりの感想を述べてみたいと思います。
 ヒッチコックは、スリラーや、サスペンスの神様と言われ、多くの映画ファンに愛されてきました。その代表作には、過去の因習と幻影に怯える様を描いた「レベッカ」、異常心理の恐ろしさを扱った「サイコ」、パニックをテーマとした「鳥」、ある日突然、冤罪に落とし入れられる悪夢を描いた「間違えられた男」等があります。
 これらヒッチコックの作品には、共通するいくつかのサスペンスの要素があります。緊張、恐怖、窮地、断崖、孤独、妄想、幻影、悲劇、二律背反、罠、どんでん返し等です。これらの要素が作品の中で縦横無尽に絡み、展開して終末へと向かっていきます。
 これらの要素の中で、私が強くヒッチコックらしさを感じるのは、“断崖”という概念です。断崖とは、切り立った崖で、この場合は上から見下ろす立場を言います。追い詰められ、後がない危機と恐怖の緊張感をヒッチコックの映画はよく表現しています。
 「私は告白する」という映画は、ある神父の物語です。神父はある夜、懺悔室で、男から人を殺したと告白されます。男は心の荷が下りたのか、精神的に解放されますが、神父には心の負担となります。それはカトリックでは、懺悔室での秘密は、守秘されるという教義上の教えがあるためです。そこから、分かっている犯人を告発できない神父の葛藤が始まります。さらに、男が神父の衣装を着て殺人を犯したため、いつのまにか神父に犯行の嫌疑が掛かります。
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 こうして映画は、犯人を告発できないばかりか、自身が告発され、危機の瀬戸際に立たされて苦悩する主人公の姿を映して進行していきます。こうした展開は、ある日突然、何者かによって罠を仕掛けられ、追い詰められて、いつの間にか後先のない断崖に立つというヒッチコックの映画の特色をよく表しています。
 また、この映画には二律背反という要素があります。二律背反とは、矛盾して両立しない立場を言います。この映画では、懺悔室で殺人の告白を受ける神父の立場がそれです。しかも、後になって嫌疑が自身にも降りかかり、自己防衛の立場からも、この矛盾はさらに重くのしかかってきます。
 ヒッチコックはこれらの要素をうまく構成して、最後まで観る者の興味を捕らえて放しません。「私は告白する」は、私にとってヒッチコック映画のベスト1です。皆さんも、機会があれば、是非ご覧になって下さい。