東海科学機器協会の会報

No.282 2000 7-9月号

「ゲノム解析とは」

(株)島津製作所 分析マーケティング部  菊 野   茂  


 今年、6月26日は生命科学研究史上において記念すべき日となった。「人間の設計図」であるヒトゲノム(全遺伝情報)のドラフトシークエンス(おおまかな配列解析)が完了したのである。クリントン大統領はホワイトハウスで記念式典を開き、米バイオ企業のセレーラ・ジェノミックス社と日米欧の国際ヒトゲノムチームがほぼ解読作業を完了したと発表し、ブレア英首相も衛星回線を通じてこの会見に参加した。
 ゲノムは生命の基本情報であり、多くの病気の原因解明とも関係している。そのデーターは今後、画期的な新薬の開発や診断技術の開発に期待されており、21世紀の生命科学や医療、バイオ産業を飛躍させる「跳躍台」になるものと期待されている。
 ヒトゲノム計画は、人類を月に送り込んだ「アポロ計画」と比較される巨大科学プロジェクトであり、アポロ計画がコンピューターや新素材の開発に大きな波及効果をもたらしたように、ヒトゲノム計画も医療や医学に革命をもたらす事が期待されている。
 今回、日米欧の国際ヒトゲノム計画チームと並んで発表を行ったセレーラ・ジェノミックス社は30億個のDNAの99%以上を読み取ったと発表した。これは大量のDNAシークエンサーを使った物量作戦と国際計画チームが発表したデータの利用により、国際チームが10年かかった仕事をわずか9ヵ月で追い越してしまった。セレーラ社のベンター社長は10億ドル(約千億円)を投じて解読を行ったと発表を行った。これだけ短時間で解読が完了した背景には、セレーラ社が開発したショットガンシークエンシング法と呼ばれる新たな解析手法によるところが大いにあった。
 武田薬品や欧米の大手製薬企業ではセレーラ社のヒトゲノム情報の閲覧権を契約し、新規医薬品開発の大幅な効率化を図ろうとしている。
 今後さらに、体質による投薬計画即ちテーラーメード医療につながる、SNPs(1塩基多型)の解析が行われ、薬が効くグループと効かないグループの分類、肝臓に副作用が出るグループ、出ないグループの分類、疾病に直接関連する対立遺伝子のパターンの分類が行われようとしている。
 また、線虫、ショウジョウバエ、マウス、シロイヌナズナ、ゼブラフィッシュ、等、ヒト以外の生物種のゲノム解析も活発に行われ、それらの生物種の遺伝子機能を壊したり、付加する事により遺伝子の機能を解析し、その遺伝子の配列とヒト遺伝子の配列の相同性を比較することにヒト遺伝子の機能を推定する比較ゲノム学も行われている。
 今後、DNAそのものを研究するジェノミックス、転写因子であるmRNAを研究するトランスクリプトーム、最終的な産物であるタンパクの研究を行うプロテオームさらにコンピューターを使った細胞内の化学反応等を研究するin silico bio technologyの研究がますます加速されてくるものと考えられ、あらたな生命機能の解明が期待される。