東海科学機器協会の会報

No.371 2019 夏号

かきゃあ あんたも 1980年代当時の音楽界に衝撃を走らせた怪物バンド X JAPAN

英興株式会社 名古屋営業所 吉田 龍生

 英興株式会社名古屋営業所の吉田と申します。
この度、東海科学機器協会会報誌「夏号」への投稿にあたり執筆させて頂く事となりました。何を書けば良いか悩んだ結果、20年以上ファンであるバンド、X JAPANについて書かせて頂こうと思います。復活後、メディアへの露出も増え、「X JAPAN」と言うバンド名は一度は聞いた事がある方がほとんどではないでしょうか。では、お付き合い下さい。
 一言で言えば、現在色々な音楽性を持つ個性的なヴィジュアル系バンドが活動をしているが、そんな彼等の原点となったバンド。元祖ヴィジュアル系と呼ばれ、カリスマ的人気を誇っていたのが”X JAPAN”です。「ヴィジュアル系」と言う表現は彼らの当時のキャッチコピー”PSYCHEDERIC VIOLENCE CRIME OF VISUAL SHOCK”が発端です。
 1980年代、Xとして活動を始めた当初から彼等は派手な衣装を着て髪の毛を金髪にして立たせ、見るものに強いインパクトを残した。ライブパフォーマンスもかなり攻撃的で、YOSHIKIの派手なドラミング、TOSHIのハイトーンボイスで捲し立てるように歌うバンドスタイルが特徴的。また、Gt.担当のHIDEの存在もバンドを形作るのに欠かせない存在でした。
 1989年9月、X JAPANのメジャーデビュー1stシングル”紅”がリリースされ、1989年日本有線大賞の最優秀新人賞を受賞し、1992年のNHK紅白歌合戦でも演奏された。これによりX JAPANは大人から子供まで一気に知名度を広げ、ヴィジュアル系バンドブームを引き起こすこととなります。注目されたのは見た目やパフォーマンスだけではなく、YOSHIKIの手がける激しさと美しさが入り混じるドラマチックで情熱的な楽
曲の数々が認められてX JAPANは唯一無二の存在となっていきます。
 しかし、そんな人気絶頂の真っ只中で悲劇の連続が待ち受けます。Vo.のTOSHIがXJAPANを脱退することになり、それによって1997年9月XJAPANは解散することとなります。脱退理由は、現在TOSHI自身が著作やメディアを通じて何度も語っている”洗脳されていたこと”が主な理由でした。さらにその後、まもなくしてメンバーの1人HIDEが急逝し、その後Ba.のTAIJIが急逝。幼馴染に別れを告げられ、2人のメンバーを亡くしたYOSHIKIはステージの上に立つこと無く音楽活動を行うこととなります。
 2007年、8年ぶりにTOSHIからの連絡を受けてX JAPAN再結成の動きが出ます。アメリカ映画『ソウ4』にX JAPANの楽曲”I.V.”が使用され、これを機に2007年10月18日にX JAPANは再結成を果たします。2014年、2015年にはTV番組ミュージックステーションに出演し、紅白歌合戦にも出演します。約20年ぶりに表舞台に返り咲いたX JAPANは、洗練された楽曲やライブパフォーマンスを披露し、テレビの前の子供達や大人達にまたもや大きな衝撃を与えてニュースになります。20年以上前に活躍していたバンドが今でも現役で活動しているというのは奇跡に近いです。今の子供達が大人になっても、X JAPANは伝説のバンドとしてその子供の時代まで語り継がれていくこととなるでしょう。
現メンバー:Vo. TOSHI、Gt. PATA、
Gt. SUGIZO(LUNA SEA)
Ba. HEATH、Dr. YOSHIKI
※Gt.HIDE(~1997 1998死去)
※Ba.TAIJI(~1992 2011死去)