東海科学機器協会の会報

No.379 2021 夏号

曜日に因んだテーマでおくる 1週間のサイエンスリレー 金

金の価値
石福金属興業株式会社 名古屋営業所 岡﨑 信天

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 「金」と「科学」というキーワードから「錬金術」を思い浮かべる方も意外といらっしゃるかもしれません。かの有名なファンタジー小説の第1巻では錬金術の代表的なアイテム「賢者の石」が表題に使われ、錬金術師を主人公にした漫画も数多く、錬金術とは古代から好奇心をくすぐる代物なのでしょう。
 「科学」という面から金をみてみると、金は非常に優れた特長を有する物質であり、その物性を活かして様々な分野で活躍しています。
 金(Au)という元素は、元素番号79、第11族元素に属する金属元素であり、ご存知の通りいわゆる金色(光沢のあるオレンジがかった黄色)の固体金属です。密度は19.32g/cm3と重く、軟らかくて変形させやすく、基本的には王水(濃塩酸と濃硝酸の混合溶液)でしか溶けず化学的に安定した物質です。
 まず、電気伝導率は銀と銅に次いで高いため、スマートフォンなどの電子部品や半導体製品の基板などに多く使用されています。携帯電話会社がオリンピックのメダルを使用済み携帯や小型家電(いわゆる都市鉱山)から抽出したリサイクル金属で作るというプロジェクトも話題になりました。工芸品や食品などを豪華に彩る金箔は優れた展延性が活かされています。ちなみに、金箔が有名な石川県金沢市は国内生産量の98%以上を占めるそうです。少し脱線しますが、金沢市の生産量とは金箔であり、金の生産量(採掘量)ではありませ
ん。日本では新潟県の佐渡金山が有名でしたが埋蔵量減少による衰退のため1989年に閉鎖、他の金鉱山も徐々に衰退・閉山することとなり、現在は鹿児島県の菱刈金山と串木野金山だけが残っている状態です。佐渡金山は1601年の金脈発見から1989年閉鎖までの約390年間で78トンの金を算出しました。
 現在は菱刈金山と串木野金山を合わせて年間約7トンの金を採掘していますが、世界で最も多いのは中国(約440トン)、次いでオーストラリア(約300トン)、ロシア(約255トン)、アメリカ(約245 トン)、カナダ(約180トン)と続き、日本の採掘量は全体の1%にも満たないものです。埋蔵量ではオーストラリアが最も多く(約9,800トン)、次いで南アフリカ(約6,000トン)、ロシア(約5,500トン)、アメリカ(約3,000トン)、インドネシア(約2,500トン)と続き、採掘量の多い中国は約2,000トンと考えられています。地中の埋蔵量は約50,000 トンと考えられており、年間約3,000トンペースの採掘が続くと10数年後には枯渇してしまうことになりますが、埋蔵量とは単純に地中に残っている金の量ではなく現在の技術や経済状況で掘り出し得る量を指します。そのため、採掘における技術革新や採算が取れるように金の価格が上がれば、今後埋蔵量が増える可能性も十分に考えられます(採掘、埋蔵量は2017年時)。
 他にも、化学安定性や生体適合性を活かし、歯科治療では医療保険が適用される材料として、またリウマチの治療薬など生物・医学分野でも幅広く使用されています。
 ここまで見てきた工業用途(医療用途も含む)ですが、実は金の用途の10%程度しか占めず、半分以上を占める最大は宝飾用途になります。
日本では白金色が好まれる傾向にあり馴染みは薄めかもしれませんが、中国やインドでは非常に人気が高く、タイなどでは寺院の装飾によく見られることから割と身近な存在だと言えるでしょう。貨幣としても使用されており、メイプルリーフ金貨はカナダ、ウィーン金貨ハーモニーはオーストリアが、それぞれ造幣局が発行し政府が保証をする法定通貨として流通しています。資産保全としてのみならず、その色調とデザインの美しさから贈り物としても人気が高いです。
 ここまでは物としての金について述べてきましたが、2019年に金融庁の報告書で注目を浴びた老後2,000万円問題の解決に推奨される資産運用アイテムの1つとしても、金に注目されている方は多いのではないでしょうか。資産運用における金の特徴としては以下の様に言われています。メリットとしては、信用リスクが無く無価値にならない、価値基準が世界共通、インフレに強いこと、そしてデメリットとしては、配当や利子が無いこと、管理する場合の紛失・盗難リスク、円建て価格の場合は為替変動の影響を受けることです。メリットに共通していることとして、金は紙幣や株式などと異なりそのモノ自体に価値があります。紙幣や株式などは国家や企業が破綻するとその紙幣や株式も価値が無くなってしまいますが、金には発行する機関も無く実在する資産であるためその価値がなくなることはありません。紙幣や株式の価値が下がる≒モノの価値が上がる=インフレの場合も、金はモノであるため、価値は上がる傾向にあります。
インフレになりやすい状況として災害時や戦争など国際情勢の混乱時が多いため、「有事の金」とも呼ばれています。そしてその価値は世界共通で認められていることから、世界で市場が開けており他の資産と比較して換金しやすいと言われています。「有事の金」と呼ばれインフレに強い特徴を持つ金ですが、その価値が変動する要因を見てみます。変動要因の基礎は需給バランスです。
 供給面ではかつて世界最大の産出国であった南アフリカは採掘条件の悪化やコストアップ、鉱山ストなどが原因で生産量を減らし、先述の通り現在は中国が世界第一位ですが、世界全体では横ばいまたは減少傾向です。
 一方の需要面は、中国やインドなどでの宝飾需要は昨今の新型コロナ拡大に端を発した不景気により陰りが見られましたが、投資需要が伸びており、各国中央銀行による公的購入も増加しています。
 この需給バランスを基礎に、米ドル価値、各国の経済動向・金利状況、原油などの資源価格、地政学リスク、多量に保有する政府・年金基金などの参入、基本的には米ドル建てで取引されることから日本円で取引する場合はドル円の為替変動、などが複合的に影響し価値が変動します。
 これらのメリット・デメリットと変動要因から、金は短期で目先の利益を目指すのではなく、利益を生むことより長期保有で資産を守りたい人にとって、余裕資産の大小に関わらず「守りの資産」として運用することが有効だと言われています。
 それでは、その金の運用・投資種類について見ていきます。大まかには、金貨・金地金、純金積み立て、投資信託・金ETF、金先物、の4つがありま
す。法定通貨としても流通している金貨、及びインゴットやバー、延べ棒と呼ばれる地金そのものを売買する方法は、現物を手元に保有できることから運用・投資の実貫を味わうことができますが、反面、盗難・紛失リスクがあり、保管コストもかかる場合があります。純金積み立ては少額から始められ、定額であればドルコスト平均法によって相場変動の影響を少なくしながら自動で積み立てができます。現物に交換することも可能ですが、保管
方法によっては業者の破綻リスクがあります。投資信託・金ETFも少額から始められ、また手数料も比較的低いことが特徴で、現物は手元に保有できない場合が多いです。金先物は、レバレッジを活用し証拠金を差し入れることで元手となる金額の数倍の金額を取引することができますが、一方で同じだけ大きな損失となる可能性もあります。先物取引では取引期限の満了日が決まっているため期限ごとに決済が必要となり、値段が大きく変動したときには追加の証拠金差し入れが必要となります。そのため、レバレッジを効かせた取引はあくまでも短期で効率よく利益を上げるためであり、中長期の資産運用向きではないと考えられています。貴金属と言われるだけあり普段の生活ではなかなかお目にかかる機会はありませんが、
百聞は一見に如かずで、地金を手に取るとまずはその大きさのわりにずしっとくる重量に驚くことと思います。そして、現物を持たずとも積み立てや投資信託などで金を一度購入してみると、その値動き要因にも興味を持ちやすくなるでしょう。
世の中の出来事に詳しくなれることも金の価値だと思いますので、機会があればぜひ金を手にしてみてください。

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