東海科学機器協会の会報

No.322 2008 秋号

[ サイエンスコーナー ] 注目される先端技術「分子イメージング」

(株)島津製作所 名古屋支店
八代 智


1.分子イメージング

 医学・薬学の分野で実験動物を用いた「分子イメージング」が注目されています。

 分子イメージングは、「生化学、生物学、臨床診断・治療に応用するために、分子や細胞のプロセスの空間的、時間的分布を直接的あるいは間接的に観察し、記録する技術、言い換えれば、生体内のタンパク質や化合物などを分子レベルで画像化する技術」と言えます。

2.3大要素

 分子イメージングは、以下に示す「バイオマーカー」、「分子プローブ」、「イメージング機器」の三大要素を活用することで可能になります。

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(1)バイオマーカー(的を絞る)

疾患に特異的に現れる対象(標的分子)をバイオマーカーとして探索し特定します。その対象は、遺伝子や遺伝子から発現するタンパク質あるいは環境因子などですが、血液・尿などの位置情報を持たないバイオマーカーとは区別されています。

(2)分子プローブ(的を外さない矢を作る)

対象が決まれば、この対象に選択的に結合する部分と位置を示すためのシグナルを発する部分を併せ持つ標識化合物(分子プローブ)を設計・合成します。シグナル材は、後述のイメージング装置ごとに異なり、PETではポジトロン放出核種、MRIでは磁性体、光イメージングでは蛍光剤などになります。

(3)イメージング機器(矢が射た的を探す)

分子・細胞レベルの生体情報を生きたまま直接観察することは困難であるため、イメージング装置は分子プローブのシグナルから発せられた信号を画像化することで間接的に分子レベルの挙動を見ています。主なイメージング装置には、PET、MRI、光イメージングなどがあります。分子イメージングとして要求される全ての情報を単独の装置で取得することは難しいことから、最近は複数の装置を融合するマルチモダリティ化も注目されています。そこでは、形態と機能、空間分解能とコンストラストなどの情報を相補的に取得することで、診断率や特異性、スループットの向上などが図られます。

3.活用事例

 分子イメージングが当面活用される分野として製薬会社の創薬分野が考えられます。分子イメージングの技術を用いれば、候補化合物の体内動態や特定受容体との結合の有無、治療効果などが生きたままで観察でき、医薬品開発に有用なツールになるだけでなく開発費の削減にも貢献できると期待されています。また最近になり、「マイクロドーズ試験」という新たな動きもあります。これは、創薬臨床試験の前に、薬効の出る投与量の1/100以下の医薬品候補化合物を直接人体に投与し、そこで得られる薬物動態などのデータを医薬品開発に活用しようとするもので、まさに分子イメージング技術の応用と言えます。

4.次世代医療への貢献

 まだ基礎研究・創薬支援の段階にある分子イメージングも、超早期診断・治療・予防・テーラーメイド医療などの診断・治療分野に具体的に展開していくことで、次世代の医療に貢献していくものと考えられます。

 例えば、高齢化社会に向け対策が必要と叫ばれつつも現在は発症後にしか判断できないアルツハイマー病なども、アルツハイマー病に特有な脳内の蓄積物質が発症前にイメージングできれば、早期診断が可能となり、大幅な治癒率の向上に繋がるかもしれません。