東海科学機器協会の会報

No.371 2019 秋号

曜日に因んだテーマでおくる 1週間のサイエンスリレー

月は遠い? それとも近い?
~アポロから50年~

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 アポロ計画で月に人類が足跡を記してから50年がたちました。その1969年7月21日の夜には半月少し手前の月が西の空に見えていました。このことをリアルタイムでご記憶の方は50代の後半から上の世代ですね。今となっては大部分のみなさんが「歴史」としてこのことにふれています。
 さて人類が地球以外の天体に行ったのは、この時の「月」だけです。ケネディ大統領の宣言からたった8年で「月」に行けたのに、その後50年経っても火星どころか、再び月へも行けていないというのは、当時の人々には信じがたいかもしれません。月は地球に最も近い天体ではあるのですが、人類にとっては結構遠い天体のままなのです。
 月は地球の周囲を楕円軌道をえがいてまわっています。最も近いときと遠いときの差は5万km。とても大きく感じますが、図に書いてみるとさほどな楕円ではないですね。
 ただし数値では5万kmも近いとなってしまうので、スーパームーンなどといういわゆる「煽り」が流行ってしまいます。

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 この図は最遠、平均、最近の月の見かけの大きさを比較したものです。スーパーと言えるほどの大きさの差はないですね。さらに最小と最大は半年離れてやってきます。平均の月から比べたらさらに差の比率は小さくなります。
 それ以上に私達は地平線付近にある月を、心理学的効果によって約4-5倍大きく感じています。そのことに触れずに「今日はスーパームーンだから月が大きく見えます」というのはエセ科学的な「煽り」なのです。
 一方、平均38万kmという月までの距離は、なかなか実感しにくい距離でもあります。そこで手近なものでその比率を見てみましょう。硬式のピンポン玉の直径は4cm。これを地球とすると月は直径11mmのパチンコ玉にほぼ相当します。そしてそのパチンコ玉をピンポン玉から1.2m離れたところに置くのです。ずいぶんはなれているものですね。
 この近くて遠い月までの距離はどうやって測るのでしょう?実はこのことにアポロ計画は大いに役立っているのです。
 次ページの写真はアポロ11号で月面に置かれたレーザー反射装置です。これが地球の方向に向けられています。図はアポロ11号のプレスキット(記者向けの資料集)に載っているLRRR(Laser
Ranging-Retro-Reflector)装置の図です。直角の鏡で構成された逆反射器が100個並べられています(11号、14号)。さらに15号では逆反射器は300個に増やされました。また旧ソ連のルナ17号、21号でも同様の装置が月面に置かれています。そしてこれらの装置を使った観測が今も行われているのです。

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 現在この月レーザー測距を行っているのは、ややこしいことにAPOLLOという研究グループです。ちなみにApache Point Observatory Lunar Laser-ranging Operationの頭文字です。いちばん大事な「測距(ranging)」を略称に入れていないところは見なかったことにしましょう。
 アポロ以後、さまざまなグループがこの月測距に取り組み、現在では毎年約3.8cmずつ、月は地球から遠ざかっているという結果が出ています。ただ約3.8cmというのも中途半端な刻みですね。これは1.5インチをcmに直したもの。ざっくり1インチ半くらいかな、というところです。ですので3-4cmと表現したほうがよさそうです。
 この月が毎年遠ざかるということを測るのは実はとても大変なことです。まず、月が遠いときと近いときでは5万kmも距離が変わります。そこで一瞬一瞬の測定精度を上げても、それは月が遠ざかっていく量には結びつきません。月の軌道をモデル化し、その軌道上のどのタイミングで測っているのかを知ることが必要です。また、測定には望遠鏡が設置されている足場、地球の潮汐も影響します。月や太陽との潮汐では、海だけではなく陸も数cmから数10cmのオーダーで上下します。測る相手は5万kmも距離が変動していて、足元も測りたい量の10倍近く揺れている中での測定になります。つまりただ測るだけでは何をしているのかわかりません。観測に関わる様々な要素を調べ上げてやっと目的の変化を見出すことができるのです。
 さらにレーザー光線は直進するのだから、行き帰りの時間を正確に測りさえすれば精度は上がるという感じがしますね。実はそのレーザーの光を識別するのがこれまた大変なのです。
 行って帰ってくる時間を測るためには、とても短いパルスを作る必要があります。最近の観測では100ピコ秒のパルスを送出します。これは光が
約3cmほどしか飛ばない、つまりホットケーキ状の光の塊を飛ばす感じです。そして測定精度自体は数ピコ秒で測ることができます。
 しかしいくらレーザー光を正確に出したとしても地球の大気のゆらぎで方向は乱され広がります。月面において、口径3.5mの望遠鏡から放たれたレーザー光の広がりは約2kmほどになります。ですので、46cm角のLRRR装置で反射できる割合はごくごく限られます。さらに同じ広がり方で返ってくる光を口径3.5mの望遠鏡で受け止めるのです。
 光の強さは行きで1/3000万になります。同じことが帰りでも起きますから1/3000万、つまり1/1兆になります。この場合、1パルスごとに数個の光子が得られる計算になります。
 しかし一つの光子を測定しても、それがパルスの前端か中盤か後端のものかがわかりません。パルスの厚みは3cmあるので、3.8cmという精度には至らないのです。そこでたくさんの観測を重ねることになります。
 さらにこのような弱い光は月明かりなどの明るさに紛れてしまいます。そこで検出器は、パルスが戻ってくると思われるタイミングだけシャッターを開きます。さらに出した光の波長がわかっていますから、その波長だけにフィルターで絞ります。このような工夫でノイズを低減した上、数少ない光子を検出し精度を高めていくのです。
 50年の年月を重ねて、さまざまな工夫で精度が高められた結果、地球と月との距離や、軌道の理論、さらにそれを裏付ける相対性理論のチェックまでもが、この一見シンプルに見える観測から行われているのです。