東海科学機器協会の会報

No.373 2020 新年号

曜日に因んだテーマでおくる 1週間のサイエンスリレー

「日」にまつわるエトセトラ
名古屋市科学館 主任学芸員 毛利 勝廣

 2019年の12月26日は部分日食でしたね。この日食は2019年の中での2回目。同じ年の間に名古屋で日食が2回起きたのは、27年前の1992年以来でした。そしてすぐ半年後の2020年の6月21日に再び部分日食があります。このように最近は日食が短い間隔で続いていますが、実はこの先が大きく開くのです。2020年6月21日の部分日食の次に、名古屋で日食が見られるのはなんと10年後の2030年6月1日。日食空白の10年がやってきます。地球全体では毎年のようにどこかで日食は起きているのですが、地域を限定するとこのようなことがあるのです。なお2023年に九州南部や太平洋側沿岸でほんのすこしだけ欠ける日食ならありますが。
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 そう思うと6月の日食は貴重ですね。ただし梅雨時でなんともお天気が心配です。
 さて今回のお題は「日」ということで日食から入らせていただきました。この「日」という文字は太陽の象形から来ていて、日が昇る沈むのリズムから生まれた単位です。このはいつから始まるのでしょう。
 現在の暦では、一日の始まりは午前0時、すなわち真夜中です。きちんと時が測れるようになれば、一番当たり障りのない時間帯に切れ目を持っていくのは自然のことと思います。日本では、6世紀頃に中国から輸入された時点で、中国にならって真夜中を区切りとしていました。
 ただし庶民の感覚としては朝明るくなってくるところが一日の始まりで、夜暗くなったら今日一日は終わりというところでしょう。江戸時代の時制は、明け六つが薄明の始まり、暮れ六つが薄明の終わりに相当しました。そこでその明け六つに一日が始まり、暮れ六つで終わるという感覚だったようです。
 一方、天文学的には真夜中は書き入れ時ですので、観測の途中で日付が変わるのは不便です。そこで有名なギリシャの天文学者プトレマイオスの時代(2世紀)から、天文時は区切りを正午、お昼においていました。今のように深夜を区切りにしたのは20世紀、1925年になってからのことです。星の動き、すなわち地球の自転の天文観測から暦はつくられてきたのですが、その成果物の暦と天文時との区切りが違うのは興味深いことです。今でも天文学の分野では、ユリウス日という紀元前4713年1月1日正午から数えた一連の日数を使います。長い年月にわたっての計算が楽になるからです。これは昭和**年生まれで、令和2年には何歳になる? というのは数えにくいので西暦で計算するということの拡張版です。このしくみをつかうことで、西暦で長期の日数を計算するときに困る、うるう年が何回入るとかの面倒さもなくしています。
 この仕組みを考えたのは19世紀の天文学者ジョン・ハーシェルです。前述のように天文時が夜中区切りになる前のことですので、世界時での紀元前4713年1月1日の正午から起算しています。つまり天文学者の日付の切れ目は正午から午前0時までの0.5を今も引きずっているのです。例えば2020年1月1日0時0分はユリウス日で「2458849.5日」となります。
 一般的な日数計算では、0.5や桁数の多さも面倒なのでと、ユリウス日から2400000.5を引いて(1858年11月17日0時0分0秒が起点)修正した、修正ユリウス日を使っています。

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 修正ユリウス日での2020年1月1日0時0分は、上二桁と0.5を刈り取ってすっきりした「58849日」となります。コンピュータプログラミングで日数計算をする際は、ほとんどの場合この修正ユリウス日(Modified Julian Date : MJD) を使いますが、起点の1858年以前も対象とする天文計算では今でもユリウス日が現役です。
 また、深夜に日付の区切りが夜中に来るのは天文だけでなく、放送、交通分野などでも不便なので、深夜を飛び越えて24時、25時..と数え続ける30時間制を使っている場合もあります。
 さて、一日の区切りを夕方にしていたのはキリスト教で用いられる教会暦です。このことが実はある年中行事の区切りに混乱を与えています。それはクリスマス・イブです。
 教会暦でのクリスマスは12月25日。図の上の段が教会暦、下が現在の暦です。教会暦での1日は日没に始まり翌日の日没に終わります。クリスマスの一日は、現在の暦でいえば24日の日没に始まり、25日の日没に終わるのです。つまり、クリスマス・イブは、クリスマスの日の始まりだったのです。イブはもちろんイブニングからきていて「晩」のことです。
 これがいつの間にか、現代の暦の日付の区切りに引っ張られて、イブ=前夜という意味を持つようになってしまっています。いくつかの辞書ですでにそのように説明されています。さらに23日の夜をイブイブなんて呼んでいる事例もあります。もちろん言葉の使い方は移り変わっていくものですので、辞書に書かれるくらい一般的になれば、誤用ではないのでしょう。ただし、一日の始まりはもともといろいろ有ったという観点からすると、少々の違和感があったりします。
 1日の長さにも実は複数の定義があります。理科年表2020年版のP77、天文部の最初のページには、
1平均恒星日=23h56m04s.0905 平均太陽時
との記載があります。平均太陽時は一定の速度で進む仮想的な天体「平均太陽」を考え、それをもとに定める時刻で、平均太陽が真南を通過してから西に沈み、東から昇って真南にやってくるまでを24時間とする時刻系です。以下、平均太陽時による24時間を1太陽日とします。では恒星日とは何なのでしょう?
 これは地球が自転により、恒星に対して1回転する時間です。上の図をご覧ください。太陽日はその名の通り太陽に対して、地球が自転により一回転する時間を表しています。これは宇宙空間に対する地球の自転1回転では足らないのです。本来の理解の道筋では、まず宇宙空間=恒星に対する1自転を定義し(恒星日)、太陽に対しての1回転がどれだけ長いかを決めていくべきなのです。しかし我々は地球にいて太陽を常に見て生活しているので、太陽の方を基準にします。そこで1太陽日を24時間ジャストとし、恒星に対する1回転はそれより4分短い(早い)と定義するのです。
 実はこのことが季節の星の変化と関わっています。例えば20時に真南にいた星は、23時間56分後である翌日19時56分には1周して真南に戻ってきています。そして夜8時には4分分西へ進みます。こうしてに4分ずつ星々は西にずれていきます。1ヶ月経つとこの積算は2時間。その結果、先月20時に真南にいた星は2時間分西に移動し、南には先月22時に真南に来ていた星が20時に真南に来ます。1ヶ月で2時間。1年では24時間=1周分。これは太陽に対する地球の1公転が加わったものとも捉えることができます。
 このように一言に「日」と言っても、実はいろいろなことが隠れているのです。