東海科学機器協会の会報

No.370 2019 春号

最近気になった映画

石福金属興業株式会社 名古屋営業所 矢島 一輝

 『第9地区』は、ニール・ブロムカンプが監督と脚本をつとめた、長編映画のデビュー作品である。もともとは『Halo:Conbat Evolved』(北米版2001年)というシューティングSFゲームを映画化するものであった。第82回アカデミー賞の脚色賞、第67回ゴールデングローブ賞の最優秀脚本賞にそれぞれノミネートされている。
 『第9地区』はSF映画である。しかし、単なるエイリアン映画ではないと私は考える。エイリアンの強制移住(隔離)計画、エイリアンの難民問題など、実際に人間の現実社会で生じている問題を思い起こさせる要素を取り入れているからである。
 また、舞台となっているのがニール・ブロムカンプ監督の生まれ故郷でもある南アフリカ共和国のヨハネスブルクであり、エイリアンは難民として第9地区という場所に隔離されている。つまり、アパルトヘイトが行われた人種対立を背景にもつ国に、エイリアンという新たな弱者を持ち込むことで、アパルトヘイトを背景とした古典的な差別を取り扱う映画作品とは違う、今までにない作品構造となっているのである。
 そして、この隔離事業は政府によって委託されたマルチ・ナショナル・ユナイテッド社と呼ばれる民間企業によるものであるという点も興味深い。
 では、ニール・ブロムカンプ監督は本作品で何を新たに描こうとしたのだろうか。
 それは、白人が黒人を差別するという古典的な差別とは違い、グローバリゼーション化にともなう新たな差別される対象としてエイリアンを外国人の表象として描こうとしたのではないだろうか。
 また、本作品では主人公であるヴィカスは人間とエイリアンの中間の存在として描かれている(エイリアンが持ち込んだ液体をヴィカスが浴び、人間から徐々にエイリアン化していく様子が、本作品では描かれている)。
 では、中間の存在であるヴィカスはいったい何の表象なのだろうか。これは、グローバリゼーション化のために増加した、異なる口語をもつ人々の間で生まれた人々や、外国での経験が長い人々、たとえば「帰国子女」と呼ばれているバイリンガルの人々、といった存在だと考えられる。これらの存在について、『第9地区』のように差別される新たな対象が増えただけと一見考えることもできるだろう。しかし、逆にこれらの新たな存在が、今後人種差別を切り開く存在になるとは考えられないだろうか。中間の存在であるからこそ、差別をする側と差別をされる側の両方になりうることができるため、この差別という世界的な大問題を切り開く存在になりうると考えられるのである。
 映画は様々なことを考えさせてくれる。皆様も映画に関して感慨に耽けってみるのはいかがだろうか。