東海科学機器協会の会報

No.313 2006 冬号

[ サイエンスコーナー ] メタボリックシンドロームとアディポネクチン

伊勢久(株)近藤 嘉彦


2005年4月に日本版メタボリックシンドローム診断基準が発表されて以来、メタボリックシンドロームはマスコミでもたびたび取り上げられ、国民的関心事となっています。
 本年5月には国民栄養調査の結果が厚生労働省から発表され、メタボリックシンドローム及びその予備軍とされる人は40歳から74歳の男性の2人に1人、女性では5人に1人で、全体では2,000万人に達するという驚くべき数字が公表されました。これに対し、議論が盛り上がったことは周知のとおりです。

 メタボリックシンドロームは、現代社会が生み出した新たな病態であり、飽食と運動不足により内臓脂肪が蓄積し、アディポサイトカインと呼ばれる脂肪細胞から分泌される各種生理活性物質の分泌異常に伴い、糖尿病、高血圧、高脂血症などを生じ、最終的には心血管疾患に至るという病態です。
18_01 内臓脂肪の蓄積に伴い発症する糖尿病、高血圧、高脂血症などは冠動脈疾患発症の危険因子とされ、個々の危険因子の病状が軽くても、個人にこれらの危険因子が集積すると、冠動脈疾患の発症リスクが飛躍的に上昇することが明らかにされています。
 わが国では、すでに2001年より厚生労働省と日本医師会が中心となり、このようなマルチプルリスクファクター症候群を冠動脈疾患の重点的な予防対策の対象にし、労災二次給付事業が行なわれています。
 メタボリックシンドロームは自覚症状が少ないため、本人が自覚しないまま病状が進行し、ある日突然に心筋梗塞などの心血管疾患を発症します。働き盛りの人が突然倒れ、重い障害が残ったり、最悪の場合には死亡したりと、本人や家族はもとより周囲の人々や組織へ深刻な影響を及ぼします。18_02
 メタボリックシンドロームは、働き盛りの人々を心筋梗塞などの心血管疾患から予防するために生まれた概念であり、食事や運動などの生活習慣を改善することにより、糖尿病、高血圧、高脂血症などの冠動脈疾患発症リスクを総合的に改善し、心血管疾患を予防することを目的としています。18_04
 2008年4月より実施される健診では、メタボリックシンドロームの診断が導入され、冠動脈疾患発症の危険性が高まる前の早い段階から、危険性を低減させるためのライフスタイル改善指導が盛り込まれています。
 日本版メタボリックシンドローム診断基準を表に示しました。内臓脂肪蓄積を必須項目とし、これに加え、他の危険因子(空腹時血糖値、収縮期血圧/拡張期血圧、トリグリセリド/HDLコレステロール)3項目のうち2項目以上が異常値を示した場合、メタボリックシンドロームと診断します。
 アディポネクチンは1996年、松澤先生(現:住友病院院長)らにより脂肪細胞から特異的に分泌される生理活性物質として発見されました。これまで脂肪細胞は、単に余剰のエネルギーを貯蔵するための組織と考えられてきましたが、近年、アディポネクチンをはじめとするアディポサイトカインが分泌されていることが明らかとなり、体内で最大の内分泌組織として注目されています。
18_03 アディポネクチンは244個のアミノ酸から成り、血中には数mg/mL~数十mg/mLと高濃度に存在しています。動物実験や遺伝子解析等の多くの研究から、アディポネクチンは動脈硬化の抑制作用とインスリン抵抗性の改善作用を有することが明らかとなり、メタボリックシンドロームのキー分子と考えられています。
 すなわち、血中のアディポネクチン濃度が低下すること(低アディポネクチン血症)により、インスリン抵抗性が惹起され、メタボリックシンドロームに進展すると考えられています。 アディポネクチンのほかにも、新たなアディポサイトカインが次々と見つかってきており、メタ18_05ボリックシンドロームのさらなる病態解明に、これらアディポサイトカインが寄与することが期待されています。
 現在、アディポネクチンは、ELISA法によって測定が可能となっており血中アディポネクチン濃度の変化により内臓脂肪の増減(内臓脂肪面積と逆相関します)およびその機能を推測できます。また、これまで上記にご紹介いたしましたように、将来的に、その方が糖尿病、高血圧、高脂血症になる予測マーカーとしてのデータ集積が学会などでも発表されています。
 現在、検診分野においてもアディポサイトカイン、アディポネクチンが注目されており、検診項目として検討されたり既に取り入れられている企業もあります。
 皆様方も、BMI値、腹囲、血液検査数値を認識され、それらを適正な数値に戻すよう、毎日の運動を少しずつ取り入れ、更には食生活の改善をされるよう心掛けて下さい。