東海科学機器協会の会報

No.319 2008 新年号

[ 会員だより ] 起立する楽しみ

(株)大興理機製作所
鷲野 浩幸


クラシック音楽というと、じっと座って静かに聴かなければならないという堅苦しいイメージがあります。でもそうではない曲もあるのです。
 例えば、毎年元旦にテレビ中継されることでお馴染みの、ウィーン楽友協会大ホールでのウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のニューイヤーコンサートで、必ずといってもよいほど演奏される、シュトラウス1世が作曲した行進曲「ラデッキー行進曲」では、聴衆が曲に合わせて手拍子を打つという習慣があります。

 そしてもう1つ、聴衆が曲に合わせて何らかの行動をおこす曲といえば、年末や春先によく演奏される、ヘンデル作曲の宗教音楽「メサイア」があります。この曲の中のハレルヤ・コーラスを聴く時、聴衆は立ち上がるという習慣があります。なぜこの様な習慣が生まれたのでしょうか。次のような逸話が伝えられています。1743年に「メサイア」がロンドンで初演された時です。曲がハレルヤ・コーラスにさしかかったとき、臨席されていた時の国王ジョージ二世が我を忘れて席を立ち、周りの聴衆もそれにならって席を立ったそうです。それ以後、このハレルヤ・コーラスが演奏される際は、コーラスが終わるまで起立することになったのです。

 十数年前、初めて「メサイア」のコンサートへ行った時、この習慣を目のあたりにして、ひどく驚きました。ハレルヤ・コーラスでは、客席に電気が点いて、聴衆は起立するものですから、その時はこの習慣について全く知らなかったからです。そして皆が立つから、と訳も分からず、すごすごと起立した思い出があります。しかしかなりの場数をふんだ今では、会場の誰よりも早く起立する事を心がけています。

 ところがこの習慣は、近年では意味がなく不要だとする見解も現われており、実際に起立を禁止する演奏会も登場しています。このタイプの演奏会にも行った事はありますが、何やら味気ないものに感じられました。今年も「メサイア」に行き、ハレルヤ・コーラスで起立するでしょう。すると何だか一聴衆にすぎない私も、演奏に参加してるという不思議な一体感にとらわれるのです。

 ここまで読んで、クラシック音楽が堅苦しいものだという先入観はとれたでしょうか。とれたのなら幸い。とれなかったのなら「メサイア」を聴きに行きましょう。そしてハレルヤ・コーラスで起立しましょう。そうすれば、あなたのクラシック音楽に対する堅い苦しいというイメージは、もうなくなっていると思います。